2009年04月21日

責任感について

FC東京1−2千葉

国立の千葉戦。東京五輪云々の演出が霞むほど、単なる負け試合という以前のひどい試合でした。問題はさまざまだと思いますが、全体的にプレーに責任感が感じられなかったのが残念です。

この「責任感」という言葉は、監督がたびたび言っていることです。たとえば昨年の夏、三連敗の後に引き分けが2試合続いた時期のコメントです(参照:東京中日スポーツ)。
責任を負える選手に(出場)チャンスは巡ってくる。1つのプレーが勝負に直結する。技術的なミスと、(意図して)やろうとしたミスは次元が違う。周りの人が見て、(その意図を)感じられるプレーが大切」

そして先日、千葉戦の3日前にも同様のコメントがあります(参照)。
「個人が責任あるプレーをしてほしい。責任が伴わなければならない。魂が込められなければならない。光明を見いだしただけで、また同じセリフを吐くことになる」

何度も言われていることだけに、中盤での簡単なミスや精度を欠いたパス・クロス、緩いマークなど目に余るものを感じました。

ここで思い出したのが、先日のNumber 725号の記事です。Jリーグを取材したイタリア人記者が、プレーの責任感について語っていました。「東方蹴球見聞録。」より。
とりわけ強く印象に残っているのが、前半43分のプレー。浦和DFがクリアし、ボールがセンターサークル付近に達した場面だ。そのポイントにいたのは2人。鹿島MFの本山が猛然とボールを取りに行ったのに対し、もう一方の浦和MF鈴木はそれを傍観していた。(中略)イタリアであればあれだけで交代を命じられても仕方のないプレーだ。(37ページ)
さらに中盤でのドリブルやトリッキーなプレー、とりわけヒールキックが多すぎるように感じた。自陣でヒールキックを失敗してボールを奪われれば、イタリアでは2ヶ月は使われなくなってしまうだろう。(39ページ)

Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2009年 4/2号 [雑誌]これらの表現は比喩に過ぎないのかもしれませんし、日本でそのまま転用できるとも限りません。ただ、たとえ結果が勝利に結びつかなくても、責任感が感じられれば少なくともブーイングは出ないように思えますし、スタジアムから足を遠ざける人も少なくなると思います。
by gaspatxo | Comment(0) | TrackBack(0) |
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